この写真は終わりが見えて来てほっと一息と言う所で撮った物で今日現在やっている所の進行表ではありません(汗)。今日現在の物は年末も近いと言うのにまだまだ白い・・・白い・・・ああ・・・
2009年12月25日(金)
順番
漫画下書き

実は漫画原稿と言うのは1ページ目から順番に書き進められるなんて事はめったにありません。少なくとも私の場合はおよそ100%ないと言ってよいと思います。

写真の原稿、ノンブルは「8」と振られています、描いているのは最後のコマ。2コマ目、3コマ目にはアタリが入っていますが1コマ目はまだ何も描いていません。この前のページ、7ページも6ページもまだ何も描いていません。でもこの8ページ最後のコマは先に書き進めなければならない理由があるわけです。

ご覧のように8ページ最後のコマには人物の後ろに少々時間に掛かりそうな背景があります。背景まで描いている時間は私には到底ありませんから(人物だけでも毎回奇跡が起きない限り締め切りに間に合わない、といった感じですので)スタッフさんに仕事を渡すためにもこういったコマから手をつけて行きます。背景だけのコマがあればそういった所におおまかな構図とアタリを入れて先に渡します。

そんなやり方で前後の整合性はとれるのか?と思われるかもしれませんが、そこは・・・気合で努力するしかありません。幸い原稿を書く前にネーム(絵コンテ)を作っているのでストーリー、それぞれのシーン、セリフなどすべて把握している訳ですがやはり飛び飛びのシーンを描いて行く訳ですからそのたびにそれぞれのシーンのテンションを作らなくてはならないので疲れます。役者さんの役作りみたいなもんでしょうか・・・。しかしTVドラマや映画と違ってメイクも衣装もいらない訳ですから兎に角テンションだけです。それでも頻繁にスタッフさんに指示しなくてはならなくなるとさすがに疲れすぎて進まなくなる事もあります。

時間の都合上後ろの方のページを先に仕上げまで完全に上げなければならない、なんて事もしばしばですが現在描いているのはボクシング漫画ですので試合のシーンだったりすると顔や体の傷や疲労感などはかなり神経を使わなくてはなりません。うっかりすると試合が進むにつれて顔がどんどん元気になって行ってしまう、なんて事にもなりかねないのです。
2009年12月5日(土)
鉛筆
鉛筆

下書きに使う鉛筆もやはり太いのを使っています。写真の一番右の物は普通のHi-uniですが、普段良く使うのはその左に並んでいる子供鉛筆。

これは少々太く作られていて私には非常に使いやすいです。B4を使っているのですがHi-uniのB4よりも柔らかく使いやすいです。断面が三角形というのも持ちやすくてよいです。難点は減りが早い上に初めから少々短いのですぐに小さくなってしまいます。なので『えんぴつホルダー』なるキャップのように継ぎ足す部品も別売りであります(右から2ばん目のやつ)。

しかたなく普通の鉛筆を使うときも一番右の写真のようにラバーグリップをつけて少し太くしないと自分には使えません。

本当はもう少し太くしたいのだけど次から次に使う消耗品なので一本一本に手間は掛けられません・・・・と、ここまで書いて今ふとアイデアが浮かびました。鉛筆の芯をそのまま収めるシャープペンシルみたいなの『サム』って名前だったか・・・?あれをぐるぐる巻きに太くすればいけるかも・・・今度ためしてみよう。
2009年11月27日(金)
ペン軸
ペン ペン軸

「描線の流儀」にも紹介されていたが私はペン軸をこんなに太くして使っている。実は私は右手首に少々欠陥があり、机の上に掌をペタッと付ける事が困難な造となっている。

机の上に掌をペタッと付けるように置こうとしてもすぐに小指側にそっくり返ってしまう。ようするに親指側が浮いて仕舞って掌が見えるように反転してしまう。掌を机に付ける為には相当に力を入れなければならず、もちろん手首も痛くなってしまう。

これが生まれつきなのか?あるいは若い頃に体操競技をやっていてよく痛めたからなのか今となってはよく判らないがおそらく生まれつきだろう。

体操競技でバク転(後転飛び)をする時には両手を八の字型(両手の指先が近づく形)に着く、これはそうする事で肘に余裕が出来、滑らかでばねのある動きになるので理想的であり肘の怪我防止にもなる。(万が一逆八の字についてしまうと肘が突っ張り下手をすると肘が入ってしまい思わぬ怪我に繋がる。)しかしこの八の字型着手、私の右手首にはかなりの負担になった。後ろに飛び指先を内側にした八の字で手を着くわけであるからどちらかと言えば手の小指側から着手することになるのだが、私の右手首はそちらに非常に曲がりにくい造りとなっているので当然の事ながらしょっちゅう痛めてしまっていた・・・


後年ピアノが弾きたくて必死に練習した事があるのだがやはり右手は鍵盤に平らに置くことが出来ずに苦労した。平らに置けなければ親指で鍵盤を叩く事が困難な訳で、それでも力を入れて無理やりやっていたもんだから少し弾いただけで右手首は火を噴いたように痛くなった。どうも私にはピアは無理なようである。今でも弾きたいとは思うのだが・・・

そんな右手首なのでペンでも鉛筆でもギュッと持ってしまうとペン先を紙に付けるのが困難な訳である。デビュー当時は無理やり力を入れてその状態でやっていたが、もちろん右手首は火を噴いたような状態。当然それではこの先続けられないないので次第に持ち方を変えた。

ペン先を紙に負担無く付けるために指先だけでプランプランに軽く持つだけにしたのである。しかし筆ならばそれでよいがペンは描くのにはかなり力を必要とするものなのだ。指先だけでも何とか力が入るようにと改良して来た結果こんなに太くなってしまったのである。実際私は筆で墨入れする事もかなり多い。おそらく私の手首には筆の方が合っているのだろう。

こんなプランプランな持ち方であるから細い鉛筆やボールペンで文字を書かなくてはならない場面に遭遇するとイヤになってしまう。と言うか、世間ではご太い筆記用具など何処にも用意されてるはずもなくそんな場面ばかりなのだが、当然ヘロヘロの文字を描く事になるのだ。しかし持ち方を変えて一つよかった事がある。デビュー当時、右手の中指にはどでかいポロリと落ちそうなペンだこが常にあり周期的に痛んだのだが今では跡形も無く消え去った。
2009年11月22日(日)
描線の流儀
描線の流儀

週刊コミックバンチでシリーズとなっている週刊少年ジャンプ出身作家へのインタビュー記事「描線の流儀」で私も取り上げていただきました。と言うか、一周前の号にはすでにその前編が掲載され、今週号には後編が掲載されています。

もう少し早くお知らせ出来ればよかったのですが、週刊漫画ゴラクの「神様はサウスポーDIAMOND」の単行本用カラーイラスト、はたまた本編では今後の展開に重要な位置を占める新キャラクターの登場と、根を詰めねば出来ぬ作業が重なり非常にタイトなスケジュールとなってしまい本ホームページも更新できず今更になってしまいましたが・・・興味のある方はどうぞ一読を!

「神様はサウスポーDIAMOND」の単行本第1巻は12月に発売される予定です。

また不意を突かれてこちらもお知らせが遅れましたが、今まで毎月28日発売になっていたニチブンGコミックスの「神様はサウスポー」(今回が最終巻「栄光の統一王座」編)は今月は18日発売となっていました、すでに発売中です。どうか売り切れる前に買って読んでやってください。

描線の流儀
2009年10月30日(金)
完全防寒
ダウンジャケット

完全防寒で仕事場到着。実は今日、少々体調を崩した。朝起きたときから頭が痛いような、体が異様に重いようなで起き上がるのが辛かった。ここ2〜3日シャワーも浴びれなかったので昼にシャワーを浴びたが、その後あたりから頭がズキンズキン・・・

実は数日前に子供がインフルエンザで医者にかかっている。もしや?と思い夕方だったがまだ開いている医院を探して直行!「熱が出る直前かもしれませんね」と言われ葛根湯とタミフルを処方してもらった。自宅に戻り薬を飲んで着込んで寝た。汗が出てきた、熱も上がった。

しかし薬が効いたのか頭痛はおさまり、汗をかいて決行がよくなったのか目も冴えてきた。目が冴えて汗だくというのはなかなかに辛いが、とにかく汗を出し切ろう、と頑張る。が、寝付けない。

こうなると頭を巡るのは原稿である。寝込んでいる間は原稿は進まない、もちろん締め切りは先へは延びない。

体調は良好になった気がするのだ、汗をかいて熱が出たのは着込んで布団もはだけないように密封されたように寝ているからだけじゃないだろうか?なんて気にもなって来た。兎に角仕事場へ戻ろう!眠くなったらその時ねればいい!と結論を出し夜中に起き出す。

汗をかいた服を着替えて行くべきとも思ったが、ひんやりとしたシャツに着替えるのも体がびっくりする気がしたので、仕事場まではさして距離もない「このまま行こう!」と着替えを持ってパジャマの上にオーバーパンツと分厚いダウンジャケットを着込む、頭には毛糸の帽子で完全防寒。外へ出るがふらつく感じもない。

途中、夜食を買いにコンビニへ寄ったが、この時期では少々早い完全防寒でちょっと怪しい。レジで財布を出すのにダウンジャケットの前をあけるとパジャマが丸見えになった。いかにもパジャマな明るいチェック柄だが、まあどうでもいい・・・
仕事場に着き熱を測ってみる。ほとんど下がってきている、なにより。どうやらインフルエンザと言う訳ではなかったようだ。しかし飲み始めたタミフルは5日分しっかりに飲み続けなければならないらしい。そうしないとウィルスがいた場合.、耐性の強いウィルスが出現してしまう可能性があるらしいのだ。
2009年10月27日(火)
トイレットペーパー
トイレットペーパー 吸い取り

トイレットペーパー、これも漫画家には必需品だ。いや、しかし現在我が漫画製作所で使っているのは私だけかも知れないが・・・

何に使うかと言うと・・・おしりを拭くのである。いやいやそれは当たり前だ。違う!漫画家はドラーヤー同様これを原稿製作に使うのだ。ペン先を拭いたりするのはティッシュを使うのだが、実はまだインクが濡れている状態の原稿の上をごろりと転がすのである。すると当たり前だが塗れているインクはトイレットペーパーに吸い取られる。これで早く原稿が乾くと言う訳である。そこにドライヤーを描ければあっという間だ。

しかし表面張力で盛り上がったインクの上をごろりとやったらインクは線の外にはみ出て線が滲んで仕舞うではないか?と普通は思う。尤もだ。トイレットペーパーで上からペシャンコにローラーを掛ける訳であるから。しかし、これが摩訶不思議、かなりの所までは大丈夫なのである。もちろんGペンで思い切り太く引いたような、紙を傾ければインクが流れてしまう程盛り上がった場合は滲んでしまう。しかしホント、かなりの所までは大丈夫なのである。

長くこの仕事をやっているとその限界の見極めも付く、限界を超えていると思ったときはティッシュの端でちょっとインクを吸い取りトイレットペーパーをごろり、そこにドライヤーで完璧だ。その位インク盛り上がってしまった原稿を自然乾燥させようとしたら30分や1時間は軽く掛かってしまう。Gぺんなど使わない、線はどちらかと言えば細い方だ、となれば何の躊躇も無く使って平気な感じである。


ただし、使うトイレットペーパーはシングルの方がよい気がする。。柔らかいフカフカのダブルの方がよくインクを吸い取って良さそうであるがそのフカフカが曲者、柔らかいフカフカのダブルでごろりとやった場合はかなりの確立で滲んでしまう。ご注意あれ!おしりを拭くのはやわらかなダブル、原稿の上を転がすのは巻きの引き締まったシングル!これがこの技の秘訣だ!!

※尚、真似して原稿が滲んでしまったからと言って私は一切責任を負いません!どうか自己責任で。
2009年10月5日(月)
懐かしいキャラ
作画中原稿

現在作画中の話に、かつて私が少年ジャンプに連載していた頃から私の漫画に親しんでくれている読者には懐かしいキャラクターが一人出てきます。もちろんそのキャラクターを覚えていてくれていればですが・・・

そして同時にもう一人、こちらは全く新しいキャラクターですが、やはりどことなく懐かしい雰囲気を感じさせる、そんなキャラクターも出てきます。お楽しみに。

しかしまだここからペン入れだ、たいへんです。

2009年9月26日(土)
ドライヤー
ドライヤー スタッフ用のドライヤーが足りなかったので新調した。漫画家にとってこれは消耗品だ、だからお安いシンプルなヤツだ。重要なのは風量とそこそこの静かさ。しかし、実はこれを買うまでに随分と店に足を運んでいる。何故かと言うと、なかなか使いやすそうなのがなかったからである。

漫画家はこれを頭をかわかすために使う訳ではない。漫画製作途中、インクを乾かしたり、スクリーントーンを剥がしたりするのにも使うのだ。なので右手にはペンやカッターを手にしている事がほとんどで、左手だけでサササと使いたい訳です。しかし、写真のものはスイッチは何段階かに上下させて使う物。片手では少々使い辛い。
下の写真を見ていただきたい、こちらは私がずっと使っている物だが取っ手にボタンがついている。これを押せばスイッチが入り、押すたびに HOT→COLD→OFFと人差し指でボタンを押せば済むわけだ。下の上下させるスイッチは風量調節で私は常にターボにしているので弄る必要は全くない。ようするに使うときは左手の人差し指でボタンを押すだけなので、片手だけで簡単に扱える。
ドライヤー ところが、こう言うボタン式のものが何処を探してもなかった・・・現在売られているものはどれもこれも ON,OFFスイッチが上下移動式、たまにボタンを発見して「おお!これなら!!」と飛びついて見るとそれは風量調節のターボボタンだったりする。

なぜ、こうなったのだろう?スイッチを一つにまとめた方がコスト的にやはり安いからだろうか?まあ、私が使っているものを買った時も随分と探し回った記憶があるのだが・・・

しかたないのでスタッフに聞いてみた,すると・・・
「いや、何でも大丈夫ですよ!」と、あっさり。
2009年9月19日(土)
机の下
蛸足配線 またまた私の机の下だが、ご覧のように配線がごった返している。私の机には資料写真を見たりするためにパソコンのディスプレイなどが乗っているのでこんな有様である。

これは掃除をした直後の写真だからまだ良いが、この部分、静電気が吸い寄せるのかあっという間に埃が溜まる。・・・と言うか、机の下に潜り込みこれらを持ち上げ掃除をするというのはなかなかの重労働で手間がかかる。狭い上にパソコンの配線なので乱暴には扱えない。この写真では見えないが左にはパソコン本体が鎮座し、コンセントはさらにその左手の壁。
またそのスペースに外付けハードディスクなども置いてあるのでパソコン周りに配線がごった返していると言う感じである。パソコンの左手は潜り込むことも出来ずほとんど禁断のスペース。掃除をするには決断がいるのだ。
机下 机下 モール
実はスタッフの机周りにも配置上パソコンやコピー機のランケーブルが迂回しているのだがご覧のようにモールに埋め込んでスッキリした。これなら掃除も楽だ。

という事で私の所も何とかしたい!と一念発起、とにかく机の天板下のハリ部分に配線をまとめよう!と前回ネームを作る傍ら(私が2週に一度、唯一動けるのがここの時だけだ、しかしなかなか丸一日はつかえない・・・)ドイトに出かけ、いいものはないか?と物色してきて作業した結果が下なのだが・・・・・・
配線 どうもイメージとちがう。ランケーブルはモールに埋め込んだ、これはよし!しかし配線は・・相変わらず蜘蛛の糸の如く・・・

本当は木ネジも買ってきたので電源タップも天板の裏に逆さに取り付けるはずだった。そうすれば配線は全部天板に張り付いて掃除も楽勝!やった〜!!・・・のはずだったのだが全くの予想外。天板があまりにも硬く木ネジが全く突き刺さらなかった。

という事でリベンジは次回。
2009年9月14日(月)
床 ガムテープ 仕事場の私の机の下の床である。
ある日、床板の一枚の表面が端から剥がれだした。剥がれはどんどん広がって行くのでほおって置いてはまずいと思い瞬間接着剤でくっ付けてみた。これで何とかと思ったのもつかの間、丁度イスのタイヤがゴロゴロと当たる所なのであっという間にまたベロロンと剥がれだし割れて飛び散り下のベニヤが露になってしまった。ささくれ立って危ないのでご覧のようにガムテープ。

何か敷物を敷けばよいではないか?とも思うのだが掃除をする時、水モップでサササとやれてしまう素ッピンの床が好きなのだ。
敷物を敷いてしまうとどうもそいつが埃を沢山吸い込んだままになる気がして・・・

一般家庭のリビングの床がこれでは寂しいものがあるがここは仕事場、これはこれでそれっぽいか!などとも思う。


しかしこのガムテープの上をやはりイスのタイヤがゴロゴロとする訳であるからガムテープもすぐに痛みそうである。張り替えるために剥がそうとしたら板の表面の剥がれがさらに拡大して行く恐れは大いにある。さて、どうしたものか?今はそれが悩みの種なのだ。
2009年9月12日(土)
エナガ 仕事に忙殺されてる間に季節は夏を通り過ぎ、秋・・・

ご覧の写真、仕事場のベランダから撮ったものだ。仕事場の隣には用水が流れ木が生い茂っているので居ながらにして季節は把握出来る。ついこの間までは一日中蝉(セミ)の泣き声がすごくて喧(やかま)しかったのだが、ふと気付けばコオロギの鳴き声に変わっている。

写真には判りにくいが中央あたりに小鳥が写っている。雀ではない、大きさは雀大だが頭の辺りは水色っぽく、背中側はかなりカラフルだ。
・・・と思って調べてみた。どうも「エナガ」という種類のようだ。数羽飛んできて暫く枝から枝へ飛び回っていた。

ここには結構野鳥が飛んでくる。雀はもちろん、キジバト、シラサギ、ゴイサギ、用水にはもちろんカモなど。

写真を撮っていないがゴイサギというやつ、実はこの用水沿いで初めて見た。無論名前も知らなかったのだが、用水沿いの斜面をけっこうな大きさの鳥がノッシノッシと歩いていいたのでびっくりした。大きめの鶏といった感じだったろうか。だが形が奇妙だ。普通の鳥と認識するには尾がないように見えて・・しかも小鳥とは違い、かなり直立に近い形で闊歩していた。頭にはアンテナが2本がヒョロヒョロ〜となびいていた。色はエメラルド掛かった少し暗いグリーン、そしてなかなかの重量感。「なんだこれは巨大なカワセミか!!??」などとも思っったがおそらくサギの仲間と思い調べてみたらやはりサギだった。どうやらさして珍しくもない鳥のようであるがこの辺りでは鶏も見ない、大きめの鳥と言えばカラスくらいだ。こんな直立に近い形で歩くカラフルなでかい鳥はなかなか見ないのでけっこう新鮮な出会いだったのである。その後もう一度見た気はするが最近見ない。今度見かけたら写真を撮ろう。
2009年6月13日(土)
榛名神社
関越自動車道
少し前になるがまたまた所用で群馬まで行って来た。
とは言っても私の故郷の桐生ではない。桐生は群馬の東の端になるのだが、今回は群馬のほぼ中央、渋川と言う所だ。渋川は榛名山と赤城山に挟まれている。上の写真、山の全景は写っていないが、左に見えるのが榛名山の東の端、右に見えるのが赤城山の西の端という事になる。ご存知の方もいるかも知れないが私の連載デビュー作である『空のキャンバス』のヒロイン、「赤城榛名」と言う名前はここから取っている。

所用を終え「折角ここまで来たのだから榛名山に登って見よう!」と言う事になり登ったのだが、生憎と山の上は雲に覆われ彼の榛名富士は靄(もや)の中だった・・・「それじゃあ、反対側を下って榛名神社を見て帰ろう!」と言う事になり立ち寄った。

榛名山に登る事自体およそ35年ぶり、榛名神社に至っては40年ぶりくらいだろうか・・・何しろ小学校の遠足(バス旅行)で榛名山に登る途中立ち寄った所と言う以外記憶にない。どんな神社だったかなど全く覚えていないのだ。まぁ、小学生の時であるから神社などには興味がない!「バスを降りて歩かされるのぉ〜?やだなぁ〜・・・」くらいしか思っていなかったのだろう。しかし近年、仕事中見ていたとある資料の中で榛名神社の古い写真を目にしたのである。そこには目を疑うような大岩が写っていた。「ええ?こんな岩がそびえてたのか?あそこは・・・??」と気になっていたのだ。

駐車場に車を止め山門(いや、神社だから山門とはいわないか?)・・とにかく大きな門をくぐり参道を登って行く。実はこの日すでに随分と歩いていたのでかなり疲れていたのだが、いくつかの階段を登り500メートル位歩いただろうか、日ももう沈みかけて薄暗い。とにかく鬱蒼とした山の中、谷の底、こんな時間に歩いている人は誰もいない。「次の階段を登った角を曲がっても着きそうになかったら引き返そう!」と疲れた足に鞭打ってそこを登ると「あった!」何やらでかい大岩が・・回り込んで見るとその下に社がある。
榛名神社 榛名神社
榛名神社 さらにまた回り込むように階段を登ると本殿である。


左の大岩様がご神体??・・・と、兎に角でかい!この大岩にめり込むような形で本殿は建てられている。し、しかし・・・それはいいのだが上に乗った丸い岩、どう見ても思い切り本殿の方にせり出している!幾度となく地震だってあっただろうに、数百年、あるいは数千年とあそこに乗ったままなのだろうか・・・?

いやいや、何はともあれ、日の沈みかけた薄暗い谷間をせっせこせっせこ登った価値は確かにあった!
榛名神社 榛名神社
2009年5月28日(木)
取材
階段 先日、取材のため都内某所を訪問。そのとき撮った写真の1枚がこれである。船の中の通路のように見えるがそうではない。これでここが何処か判る方は相当なその方面のコアなファンかその業界の関係者かもしれない。

実はまだどこにも発表されていないので何のジャンルの漫画かをここで言っていい物か判断しかねるので・・・
後楽園ホール この日、駅を降りると若いギャルが溢れ返っていた。何事かと思ったのだがどうやら同じ敷地内の巨大建物で人気アイドルグループのコンサートだったようである。

そのポスターがいたるところに掲げられていたので撮ってみたが肖像権云々などと言われかねんのでぼかしてみた。
南 私の目的とした所にはこんな案内表示があったりする。良く行く人ならこれでわかるかも。実はこの場所20年以上前にも取材で訪れている。その業界にとってここは聖地と呼べる所なのだ。

ほとんど内観は変わらないが近隣の環境はそうとうに変わっていた。私にとっては初めて目にするホテルが建っていたり・・・

さらに遡る漫画家デビュー前、掃除用具の配達でこの辺を自転車で回っていた事がある、その時よく休憩を取ったのがこの敷地内だったりして懐かしいのだがその頃の面影はもうほとんどない・・・
天井ライト
これも内観の一枚だがこれを見ればわかる人はかなりいるかも・・・と言うか電光掲示板を見ればきっと・・・
2009年5月20日(水)
新作・理屈抜き

随分と間が空いてしまったが・・・
新しい作品に向けて体制を整えるために時間が掛ってしまった。
仕事場を一から構築という感じであったので東奔西走。

新作の方は最初の構想とは少々変わったが、かつての私の作品に物語の行く先で接点があるかも知れない・・・と言うような内容ではあるのだが、もちろん全くの新作です。私の作品など一切知らない、というような人にこそ是非とも読んで欲しい作品です。


テーマは主人公がいかに有意義な青春を歩むか?というような物だが、とは言っても悟りきった坊さんのような主人公と言う訳ではない。どちらかと言えば真逆である。いかにもその辺にいそうな現代風な若者といえるかも知れないが、この男の行動理念ははっきりしている。○○○か?○○○でないか?ふたつに一つ。(○○○の部分は物語の根幹に関係するので今は伏せておきます)そんなはっきりした男であるので自分にとって有意義と思えるものを見つけてしまったら火が付いてしまう。だが、なぜ火がついてしまうか?
その辺がこの作品を楽しんでもらう核とも思うが、それはこの男の生まれ持った熱い性格。そういう以外にはない。私はその辺を表現しようとしています。努力しています。それを読み取って頂けた読者はこの作品を気に入って頂けるでしょう。理屈抜き、無粋な説明は一切なしの娯楽作品です。ご期待あれ。


作品の構想が変わり、ネームが通った時点で「これをなんとかメイン誌の方で!!」「ええ〜っつつ!!(驚く私)」と仰せ賜り(掲載ペースがかなりきつくなりそうなのですが・・・)、なんとか最初だけでも・・・出来る所まで・・・必死に・・・などと頑張ってみるつもりではあります。

てな事でありますので現時点での掲載誌の公表は控えておこうかと思いますが、掲載次期は7月の終わりか8月の初めあたりになるようです。その辺はまた追ってお知らせいたします。

スクリーントーンケース 左の写真は新たに導入したスクリーントーンのケース。この仕事を継続しているとかかえるトーンの種類、量、ともに膨大なものになって行ってしまうので整理が付かず、いざ必要なトーンを探すとなると大変なのである。そこで何とか使いやすく整理をしようとかなり大きめの物を導入したが実はこれでも整理しきらず(この写真では判らないがまだまだダンボールに大量にあるのです)、このあとさらに2列分のケースを追加、それでもすべてを収めるにはパズルのように知恵を絞らねばならなかったので仕分けにいったい何日掛かった事やら・・・

場所もとるし、トーン代も馬鹿にならない、いざと言うときに必要なトーンがない、なんて事を考えるとその辺の作業はコンピューターでやる様にした方がいいか?などと真剣に考えたりする今日この頃。しかし、それはそれでシステムの構築が必要であり、やり難さもある・・・・
2009年3月15日(日)
渡良瀬川、明治舘
渡良瀬川

『惡忍−加藤段蔵無頼伝』作画終了後すぐに単行本のカバーなどを書き上げ、また、新しい仕事のお話を頂いたりしたので新作の構想を頭に駆け巡らせるかたわら、またまた所要で故郷の群馬へと急ぎ行って来た。またしても雨、ご覧のように赤城山は雲に咽ぶ。

手前に流れる川は「渡良瀬川」と呼ばれ、私にとってこの渡良瀬川と赤城山は故郷における2大アイテムである。故郷を思う時必ず頭に浮かぶのはこの二つ、さらに前に紹介した相生の松を入れれば3大アイテムだろうか・・・私が通った学校の校歌にももちろん織り込まれている。かつて森高千里が『渡良瀬橋』と言う歌をヒットさせたが、あれはここから10数キロ下流に掛かる橋のようだ。私の実家はこの渡良瀬川の河岸段丘のすぐ上にあるので坂を下ればすぐに河原に行き着き、釣りをしたりキャンプをしたり、とにかくよく遊んだ場所なのである。とは言ってもその河原は現在では護岸工事が施され、なくなってしまったので少々残念なのだが・・・

下の写真は地元にある『明治舘』と呼ばれる貴重な文化財だ。
私が子供の頃は役場の出張所として現役として使われていた。よく「写生コンクール」などの発表展示なども行われ、私も何度か「金賞」などを頂いた記憶がある。

明治館
ご覧のようにシンメトリーの美しい建物で中には明治を忍ばせる小物や、当時の教科書などが展示されている。しかし、私の記憶の中ではこれ程純白ではなかったと思うので、保存展示の際に化粧直しをしたのであろう。故郷の街も時と共にどんどん変わって行ってしまうが、こういう物が残されているのはやはり嬉しい。
2009年2月25日(水)
むむむ・・・

なんてこったい・・・もう一月以上も日記を更新していなかった・・・
昨日、1週間ぶりに風呂に入った。そんな感じである・・・・

2009年1月18日(日)
デザイン
サイトトップ 当サイトをずっとご覧になっている方はお気付きと思うが、当サイトはしょっちゅうデザインが変わったりしています。今までは左の画像のように真っ黒け!その前はかなり白っぽかった・・・
現在連載中の『惡忍-加藤段蔵無頼伝』のイメージに合わせるとどうしても暗くおどろどろしくなってしまうのだが、暫くすると「さすがに怪しいデザインだな」などと思うようになり、反対に真っ白けにしてしまいたくなるのである。という事で今回はかなりシンプルだ。

黒いなかにビカビカに光った文字では目も疲れるのではないかと思ったりもするので・・・。
しかしまたそのうち・・・・かも。

2009年1月4日(日)
新年
赤城山

明けましておめでとうございます。
旧年中、今泉の漫画をご愛読頂いた方々にはただただ感謝するしだいであります。

しかし当方、この年末年始はグタグタでした・・・

何がグタグタだったかと言うと、たった一つの書類が見つからず部屋中を引っ掻き回し、2日の朝にようやく発見。この書類関係で帰省せねばならんのだが「やっと・・・やっと・・・」と思いきや、そんなこんなで手付かずになってしまっていた年賀状に取り掛かろうとしたがなんと、次の年のためにと、きっちりケースに入れて保管しておいたはずのここ数年にいただいた年賀状が行方不明!いや、先の書類を探し回る間「おかしいぞ、去年までの年賀状も見あたらない・・・」とは思っていたのだがやはりない!結局発見できず。しかしもう時間切れだ、すでに元旦には先方様々からの年賀状は届いてしまっている。

とにかく即効でそれらの返事を書く。しかし元旦配達に間に合わない、あるいは当方同様今年に入ってから年賀状に手を付けるという不届き者(いや、人それぞれ事情があるのだ、事情が・・・)もいるやも知れぬので、すこぶる古い年賀状の束は発見出来ていたのでそれを頼りに、あきらかに住所が変わってしまった、と思える人以外には書きまくり。2日には帰省すると連絡を入れておいたので「出かけねば!」と思った時はすでに夜、「親戚の家で新年会があるから間に合うように帰って来い!」と言われていたが「どうした新年会始まってるぞ、いま何処だ?」などと電話が掛かって来た時にはまだ東京。

あわてて飛び出しそれでも安全運転を心がけ必死に車を飛ばす。夜中、なんとか新年会お開き直前に到着ぎりぎりセーフ。それから24時間故郷で過ごし一路東京へUターン・・・


という事で今日からはもう仕事に突入します。本年もよろしく!

日記一覧へ このページのトップへ

今泉伸二com

※外部より直接このフレーム内ページに来られてしまった方(各ページへのボタンが左に見当たらない方)は右のINDEXをクリックして下さい。--INDEX
Copyright © 2006 Shinji Imaizumi All Rights Reserved. http://imaizumishinji.com